「80歳になっても稼ごう。障がいという不便さを持っていても稼ぐぞ」を合言葉に、スープ屋さん「夢結び」を山口市湯田温泉街のメイン道路沿いに開店した。ずいぶん手荒い開店までの事業日程であった。厚生労働省のモデル事業として始めたまでは良かった。発想も素晴らしい。お茶漬け屋はどうかという私の提案に、若いスタッフもベテランも渋い顔。いろいろ意見は出てきていたが今一つまとまらなかった。私がどうも納得できなかったから口をはさんだ。最終的に、JR上野駅や、京急線品川駅構内などのスープ屋と、有楽町駅前ビルの1階にあるお茶漬け屋が私の頭の中で、「夢結び」をこしらえたのだと今になって思う。ふと湧いて出てきた。
「山口の地でスープ屋? 新しいものにすぐに飛びつき、すぐ飽きる山口人だよ。つぶれるさ」
開店初日に、ある客人の声が耳に入る。「うまかったよ、スープ」と、連れのもう一人はしゃべる。厳しい飲食業のスタートを実感。さあどうなる?
開店2日目。スタッフである80歳と78歳の女性AさんとBさん。ご本人の希望で、この「夢結び」での仕事が始まっていることは言うまでもない。開設準備段階では、調理下ごしらえの「まな板」の前で、キャベツ切りや、鶏肉切り。10分も過ぎると「疲れた」の一言で、頻回に休憩。作業・休憩・作業・休憩。年齢からして当然だと思った。大変厳しい「立ち仕事」。開設準備期間は、午前11時半を過ぎ、やや早めの昼食休憩を、客のいない、お店の中でとることができた。スタッフ全体の練習期間なので、広い店の空いた席で、ゆったりと、お客さんが食べる要領のバイキング形式で、スープ、パン、おかず、飲み物を自由に、好きなだけ取って食べていただいた。しかし、開店した後はそうはいかない。
3月29日(火曜日)開店2日目。Aさん、Bさん出勤日。11時から15時までの開店時間、すさまじい客足で、行列ができた。客足好調。Aさん、Bさんは洗い場の皿洗いと、レタスカット、キャベツの千切りを担当。狭い厨房は職員と利用者さんのスタッフで戦闘状態。フライヤーで「から揚げ」あげ、スープ作り、惣菜作り、皿洗い、下ごしらえ、洗った皿だし、下膳、惣菜やスープの補充。決めた役割分担は崩壊。目先の課題に右往左往。狭い調理場で身体をくねらせ交差し大葛藤。その中で、Aさん、Bさんは、2時間近く立ちっぱなし。手を休まれた時はおそらくあるまい、休まず立ちつくされていた。準備練習期間とは全く異なる状況に見事に順応されたのだ。お昼12時を過ぎていた。客席は満席を超える状況。気づくといつの間にかコップを手に持って、厨房から店の方に出ていこうとされるAさん。その後ろにBさん。休憩する気配りが職員にできなかった。お弁当の用意を忘れていた。お二人は昼食休憩を取ろうという行動だったのだと思う。
「今日からは、お客様がいらっしゃいますので、裏で食事をお願いします」と店の責任者岡田が声かけ。しかし、食べていただくものを確保していない。来客でごった返す、店のバイキングラインに並んで利用者さんスタッフのための昼食分を確保するメンバーもいないし、店内大混雑でできない。
「売り物のパンが裏においてありますから、それをつまみ食いしていただけませんか」と私。それが、お二人への配慮。他は、お二人のことをかまって差し上げるゆとりは皆無。二人は、そのまま、運よく晴天であったので、厨房脇のドアから出た、外のゴミ袋と雑多な段ボール箱の込み合っている空間にかろうじて腰かける場所を見つけられ、例のパンを召し上がったと、取材で連日詰めていた、フジテレビの安部さんが教えてくれた。
彼女が「きついですか」と質問すると「きつい」と。
「大丈夫ですか」と、様子をうかがうと「楽しいです」と答えられたという。
なんということだ。10分もすればすぐに腰かけ休憩されていた準備期間中のお二人。午前中ほとんど立ちっぱなしであったことに驚嘆。表情が実に素敵なのだ。
やや、認知症気味かなと心配するような失礼な感じを抱いていた私は、とんでもない勘違いをしていたと反省。職員は誰もその光景を見る余裕はなかった。職員の昼飯は、閉店後の午後3時半過ぎ頃から。お疲れ状態のまま、午後2時半の利用者さん就業時間終了。Aさんたち、利用者スタッフ5名(他1名は自転車通勤)送迎車に乗り自宅にお帰りになった。
反省会でスタッフから「申し訳ないことをした」と声があがる。私は、通所施設ならばまさに失礼極まりないかもしれないが、ここ「夢結び」は、就労支援の場所である。社会の現場に居る実感をされたことを「良し」としようではないかと自己弁護(?)してしまった。
早々に、週2回働きに来られる予定であったAさんのケアマネージャーから電話。
「相当お疲れなので、とりあえず週1回にしていただこうということになりました」とのこと。全く、納得がいく。職員スタッフ全員の共通認識。
いや、本当に、ご本人はここ「夢結び」に来たいと思っておられるのだろうか。不安が募る。送迎で伺う職員から
「Aさんは行きたくないとおっしゃっている。本当にお連れしていいのだろうか」との声。
「行きたくないとおっしゃったら、『今日はやめましょう』、そう宣言してください」それが私の指示。
ところが、Aさんは2回目の出勤。
「行きたくないとおっしゃりながら、送迎車に乗ろうとされたのでお連れしました」とのこと。
管理者が前回の様子をうかがっている。Aさんが答えられる。
「この間は、えらかったねえ(山口弁で“きつかった”の意味)」
そういいながら、エプロンを首からかけようとされる。一同ホッとする。
3週目の出勤日の朝7時過ぎ。Aさんの息子さんから店に電話が入る。偶然「漬けもの」づくりで店に早出していた私が電話に出る。
「今日は、迎えにみえますか」と息子さんが問われる。
送迎車の運転手と、まさに、そのことを少し前に話し合っていたのだ。Aさんは、あの初日の体験では、キツイの連発。やめていただいた方がいいのではないだろうかと管理者ももう一人の職員も、私も薄々感じていた。そのことを含め、先述の初出勤の様子を息子さんに詳しく報告した。息子さんから、お叱りを受けることを覚悟した。
「相当きつかったようですね。『もう行かない』と申しております」とのこと。
「ごもっとも。本当に気遣いをして差し上げられず申し訳ないことを致しました」と私。
「それで、今日はお迎えにみえるのですか?」と息子さん。
「??…・・・?」 一瞬たじろぐ私。
「本人は、行かない、キツイからと言いながら、行く用意をしているのですよ。行ってよろしいのでしょうか?」と。
少し間が空き、我に返る。
「全く結構です。一応、いつもの様にお宅に伺い、行かないとおっしゃったら帰るつもりで職員がお迎えに伺っております」と有りのままを伝える。
「ありがとうございます。息子の私としては、母に行って欲しいと願っています」と。
こみ上げるものがあった。
Aさんらしい。「きついことはキツイ」と平気でおっしゃりながら、出ていこうという意思が働くのだ。まさにこれこそ「仕事」なのだ。80歳のAさんが選択した仕事なのだ。そういう場を夢のみずうみ村は作ったのだ。
その日の帰り、Aさんに伺った。開店3週目、Aさんにとって3回目の出勤日だった。
「今日はいかがでしたか」
「面白かった。えらいけど(キツイけど)」
なんということだ。「面白い」という言葉が、「えらい(キツイ)」の前にAさんの口から飛び出した。
素敵な働き場「夢結び」を作った。開店3週間。順調にスタート。客足は予想を超える。しかし、経営は実は楽ではない。私の戦争はこれからだ。またここに書きたい。