月別アーカイブ: 6月 2016

いずこにも仲間ありの人生

札幌で講演会を終えた。朝9時過ぎから午後5時まで講演でしゃべり続け そのあと、FCの夢のみずうみ村てんやわんや本町(有限会社おいらーく:札幌市)に出向く。30余名の職員が私を待っていた。「夢のみずうみ村の話を、私から聞いていない人たちがいる。時間を作ってくれないか」と、頼まれた。うれしくなってはせ参じた。すでに何度も私の話を聞いたメンバーも、ベテランスタッフも、オーナーまでがそこに居る。急に頼まれたので準備不十分。正直申せば、いささかくたびれていた。しかし、不思議なのだ。輝く職員の目、わが夢のみずうみ村に期待する半信半疑の顔・顔。私は、足の先から身震いした。ここにも夢のみずうみ村の職員がいた。全く違和感なく、私の周りには直営・FC問わず、私を求めてくれる職員がいる。 それは、全国、台湾まで走り回っている私の、心を揺さぶる仲間の力だ。 ありがたいことに、この北の大地から、南の沖縄、うるまの海のそばの仲間までたくさんの仲間がいる。 盛岡の仲間とは、この間、子どもを交えて焼肉食べながら語り合った。新規に仲間となる米沢にも出向いて建設中の建物に夢のみずうみ村を見た。上越では、重度の認知症の方に出会い、歌を歌い、強く固まった手足に「ほぐし」をやろうと確認し感動できた。新潟は頑張っている仲間にまた会いに行くことを昨日社長に電話した。全国を駆け巡っていることは仲間に背を向けていることだなと反省した。会えないでいる仲間もたくさんいる。山口、防府、世田谷、浦安の直営本家の仲間、小規模多機能の仲間にも、随分と会えないでいる。大槌には、子ども達の親達や、地域の方々との新しい出会いも生まれた。  私は恵まれている。全国どこに行っても仲間がいる。温かく迎えてもらえる。温かい食事。温かい心。豊かな温もり。本当に生きている感動を全国各地でいただける。現代版山頭火だといつも思っている。亡くなった父が、全国を放浪したいと酒を飲むたびに、ぽろっと私に淋しく語っていた。口数少ない父が、酒を飲むと饒舌になり、それができない淋しさ、虚しさをよく耳にした。全国の仲間の声にさせられながら、私は、いつも父を思い出す。あと父が亡くなった年まで5年。オヤジより長生きしたいと願う。  「親父、今日は、これから、釧路、そのあと襟裳を通って帯広、青森、高松だよ」

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流れ流れて 

釜石駅で 子ども夢ハウスおおつち管理者、吉山周作君と愛音ちゃんの二人に送らて、新花巻駅までのローカル線に乗った。宮沢賢治がいるように感じる東北の農村だと感じる、東北新幹線車窓から見る風景とはそれでも微妙に違って見える。スピードがのろいからか、身近に、畑のそば、山のそばを通るからか。でも、いつものように賢治がやってくる。小学6年生の時に知った「雨ニモマケズ」といっしょに。必ず、徳久広司の演歌「北に帰ろう」がBGMだ。いつものことだが湧いて出てくる。調子があまり良くないときはなおさらである。  おおつちでは、利用されているご父兄や地域の方々と、子ども夢ハウスの先のこと、組織のことを話し合った。地域に根差している一人の人物をご紹介いただいて会った。子ども達は夕方帰ってきて夢ハウスで遊んでいたが、私は、その晩の振る舞う鍋料理を作ることに専念していた。フルーツ鍋。パイナップル、リンゴ、メロン、ブルーベリー、桑の実、アスパラガス、ブルーベリー、キャベツ、マイタケ、ニンジン、タマネギ、さつま揚げ、ちくわ、こんにゃく、ホタテ貝、ミール貝、トマトケチャップなどを入れ込んだ。味は甘く、まあまあの出来だと自負しているが、みなさんの食べ振りは思ったほどではなかった。まあまあの結果だと思っている。  昨夜は札幌の駅前ホテルに宿泊。今日はここで講演会をやり、釧路、さらには北海道沿岸部、襟裳岬を回って、帯広と流れていく。北を流れ歩くとき(実際はレンタカー移動)は、いつも落ち込む。落ち込んで、ふと消えてしまいたくなるような衝動が起きるので、予防の意味で このブログを残しておこうと決めた。私はまだしっかり生きてやるべきことがある。北をさまよい流れるのではない。自分の進むべき道を、自分の内で確認するために流れ流れていくのだ。

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